選択しなければ見ることのなかった世界 打ち上げ花火映画の考察

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チューリップを上からみると、まったく別の花をみてるような気持ちになる

ミツバチや蝶からみた視点ってこんな世界なのかもしれない

 

普段、何気なく通り過ぎてしまうその場所にも

なんだかまだ知らない世界があったりする

いつもみたいに、走っていたら

きっと見れなかった景色なんだろうな。

そんなことを旦那と散歩をしながらふわふわと考えていた

 

 

この写真を撮ったときに

「打ち上げ花火、下からみるか?横からみるか?」

という映画をふっと思い出した。

 

 


「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」予告3

 

アニメ映画を最近、ちょこっとずつ見るようになったのだけど

こういう映画出しちゃう日本文化すごい。

 

WHY!ジャパニーズピーポー!!!!と厚切りジェイソン並に叫びたい

 

ーーーーーーーーー(以下、軽いネタバレと考察が入ります)ーーーーーーーーー

 

 

 

 

この物語の主軸の鍵となるのは

「もしもーあのときこの選択をすれば、彼女とデートできたかもしれない」

という、彼の願いと不思議なビー玉の魔法

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ビー玉を投げると、自分の記憶を持ったまま

過去に帰ることができるというまるでタイムトラベルが

できるという設定がこの作品にはあるのですが・・・

 

これすごーーーーい

チーーーート能力

 

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「こんな世界認めない!もしもあのときー!!」

と言ってビー玉を投げて、過去にダイブを繰り返します

 

この不思議なビー玉のおかげで、彼はなんと

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デートに誘うことに成功します

彼女がどこでどう行動するのかも把握して動く主人公。

前、失敗したところも把握してるから

予習復習ばっちり!

チキンで臆病だけど、熱のこもった行動はきらいじゃないぜ

 

この流れとビー玉の特性をみてみると

なんだか、ラプラスの悪魔みたいだな。と

 

もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、 
かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、 
この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、 
その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。 

『確率の解析的理論』1812年 ピエール=シモン・ラプラス 

 

 

ラプラスさんがあげた、一つの定義で

「運命をすべて、把握した上に

 なぜそれが起きるのかを理解してしまったら、過去を見ると同じように

 未来をみることができてしまう」

というもの。

19世紀の物理学や学者さんたちの中では

論争になったらしいです。

 

 

こういうのを組み込んだ作品って本当すごいなぁ・・・・

思わず、ほぇぇぇとつぶやいた

 

実はこの作品、最近作られたものでなく

原作は1993年にドラマで放映されている作品を

作り直したアニメ映画らしいです。


岩井俊二〈打ち上げ花火、下から見るか横から見るか〉 best scene

 

 

アニメだから出来る演出とドラマの描写や空気感を再現してるところが

本当すごいなぁ・・・・

 

世にも奇妙な物語」の古いバージョンの

タモリさんが語り手で紹介していく感じの短編ドラマ集のひとつだそうです

 

if もしも…人が皆、孤独な旅人であるとしたら、

貴方はやがてある二股の分かれ道に突き当たるのです。

右に行くべきか左に行くべきか貴方は大いに迷う。

或いはうっかり気づかなくて通り過ぎてしまう。

かくして現在の貴方があるわけですが、

ひょっとして別の道を選んでいたほうが幸せになれたかもしれないのです。

もしも、こっちを選んでいたら…if もしも…

 

というタモリさんの語り手から始まるストーリー

ちょっと当時に戻って見てみたい気持ちがあるような笑

手元にビー玉が転がっていたりしませんかねぇとぼやく私の後ろに

タモリさんが語り部で後ろで喋って欲しい笑

 

 

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この映画をみて思うのは

 

沢山の選択肢を放棄して、得ることが出来なかった世界があること
沢山の選択肢から選び抜いてきて、得ることができた世界があること

 

が普段の日常にも案外転がっていたりするのかもなぁ。

例えば、目が覚めて少し外の空気を吸いに出かけたら

近所のおばあちゃんとおしゃべりして、そしたら野菜もらっちゃったみたいな。

 

出かけ先で、いつもランチはカレーだけど

ちょっと気分を変えて、ハンバーグ店に入ったら

丁度その日に新メニューを試食できる日だったとか

 

 

そんな小さなハッピーが案外、選択を変えてみると

あるのかもしれない。

まだ、出逢ったことのない人との縁の始まり方もそんな感じで

ちょっとした「ふとした感覚」が呼び込んでくれている。

その感覚をもうちょっと信じてやってもいいのかもしれない

 

そんなことを思いながら、

「もしもあのときー」なんて後悔の言葉を言うぐらいなら

もっともっと、自分の感覚を信じて、他人を信じて

「面白そうなことが起きる気がする」を選択していきたいな

 

なんて、模様替え大完了してスッキリした

頭でかんがえるのでありましたまる